妖魔遊戯

 非戦闘を重んじる、表向き平和な世界、人間界。
 赤い煉瓦の民家の屋根で、一つに束ねた長い藍色の髪を弄りながら、ヨヅキは退屈そうに寝そべっていた。

「最近暇ね。」

 月世界から魔物退治の任務を受け、数年前に人間界にやってきたのだが、頻繁に魔物が出現していたのは最初の一年だけで、それ以来数ヶ月に一度くらいまで魔物を見かけることが無くなった。そもそも、魔物とは妖魔界から送られてくる使い魔の事で、階級で表すとGクラスである。全世界共通の定義では、Dクラス以上を妖魔、Eクラス以下を魔物と分類している。しかし、人間界には対妖魔結界が展開されているため、Fクラス以上の魔物や妖魔は侵入できなくなっているのだ。そのため、人間界で言う魔物の定義と認識はGクラスなのである。

「魔物の気配もないし、このまま寝てしまいそう。」

 丁度正午に差し掛かる、日向ぼっこには最適の時間。ふと、強烈な眠気にみまわれる。

「…これはっ!!」

 瞬時に感じ取った微かな妖気。この眠気の正体は妖魔によるものだ。だが、辺りに妖魔の姿は無く、街も平穏を保っている。そもそも、人間界に妖魔が入り込めるはずがない。

「だ…、だめ…。」

 意識を集中し眠気に対抗するが、気を緩めすぎていた所為か脆くも意識は崩れていく。そして、ヨヅキは深い眠りについた。



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 夢の中。ヨヅキは、何故か自分が夢の中にいることがわかった。
「やはり、強制的に眠らされたみたいね…。」

 寝ている間に魔物の襲撃を受ける可能性もあるが、冷静さは忘れない。かといって全く焦りがないわけではない。だが、焦りを先行させてしまってはより一層の危険を招くことがある。師匠であるアルテミスに教わった教訓である。

(冷静に…、冷静に、状況を見極めないと。)

 ヨヅキは、心の中でそう唱えつつ辺りを伺う。すると、どこからともなく囁くような声が頭に響いた。

「―こ――か…。」

 そして、それは徐々に大きく広がってゆく。

「き―える―…。」

 やがて、それははっきりと伝わった。

「聞こえるか?」
「やっと聞こえたよ。」

 聞いたことのある声に、ヨヅキは言葉を返した。

「久しいぞヨヅキ。」
「夢魔ね。用件があるならいちいち夢を使わず直接言いに来たらどう?」
「お前、喧嘩売ってるだろ…。」

 人間界にCクラスである夢魔が来れないことを知っていて、そして夢を扱う妖魔と知って尚、ヨヅキはそういう。それに対し、夢魔は少し機嫌を損ねる。

「まあいい。私は主人からの用件を伝えに来た。」
「やっぱりそんなことね。」

 ヨヅキは呆れつつも一応聞く姿勢を見せた。それを確認し、いまいち納得できないが、夢魔は主人からの用件を話し出す。

「この前と同様、ユナと戦ってくれ。」
「なるほど、遊び相手になれってことね。」
「その通りだ。」

 ヨヅキの読みどおり、内容はただ単に戦う相手がほしいというだけであった。戦闘好きなユナと戦闘という名の遊戯を見るのが好きなドランクの考えそうなことだと、彼女は呆れつつも承諾をする。

「それで、場所はどこ?」
「おお、やってくれるか。」

 場所を聞かれ、夢魔はヨヅキが承諾したと察し、彼女なりの大げさな返答をする。

「私も退屈だったし、軽い運動と強い者いじめには丁度いいわ。」
「できればあのバカを殺してくれ。」
「相変わらずあんた達仲悪いわね…。それより場所はどこ?」

 ヨヅキが場所を聞くと、夢魔は言葉を濁す。

「まぁ、その…、いろいろ危険なところだ。」
「妖魔界でしょ。危険は承知よ。」

 濁った言い回しを気にしてないヨヅキの回答に、夢魔は歯切れ悪く言葉を返す。

「いや、まぁ…、近いといえば近いんだが…。」
「妖魔界じゃないの?」

 夢魔は、これ以上隠し通せないと悟り、誰もが嫌がるその場所を告げることにした。

「実は妖魔界じゃない。その場所のイメージを夢で送るから、意識を集中してくれ。」
「わかったわ。」

 夢魔に言われたとおり、ヨヅキは彼女のイメージに意識を集中させた。やがて、ぼんやりとした風景が脳をよぎり、まぶたの奥にその景色が映し出されてゆく。

「…あの、ここって…。」

 その場所を認識し、何かの間違いであってほしいと願うように、ヨヅキは改めて夢魔に聞く。

「理解の通りだ。」

 夢魔の口からは残念な確定が発せられた―――。



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 その後、ヨヅキはゆっくりと目を覚ます。穏やかな昼下がりはどこへ消えたのか、辺りはオレンジ色に包まれていた。そして、まもなく激しい驟雨が降り荒んだ―――。


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