世開幕

 森の中に佇む一軒の小屋。この中で、ラウに恨みを持つ男とそれに協力する者達が、その時を待つようにひっそりと生活をしていた。

「ウロ〜、ごはんできたよ〜。」

 ウロと呼ばれたこの男。全身は銀色で、髪もまた銀。肉体細胞に金属が組み込まれ、それを自由に強化、加工、伸縮と質量保存が許す限り変化させられる体質の持ち主。ラウの人体練成の失敗作として生を授かったホムンクルス。その名を、ウロボロスと言う。

「わかった、すぐに行く。」

 少女の声に返答し、二階の部屋から目の前の階段をゆっくりと下りる。

「今日はカレーなのだ〜」
「今日"も"カレーだな。」

 赤いポニーテールがよく似合う目の前の少女、セツナの間違いを訂正し、ウロボロスは席に着く。

「昨日はポークカレーだったけど今日は兎の肉なのだ!だからまた別の料理なのだ!!」
「指摘を受けたくなければカレー以外に挑戦することだ。」

 そう言い、ウロボロスはカレーを口に運ぶ。

「おいしい?」

 セツナはまじまじとウロボロスを見つめ、返答を待つ。

「何度も言うが、俺に味覚はない。毎回毎回聞かれても、同じことしか言えんぞ。」
「やっぱ駄目か〜。味覚がびっくりして活動するくらい激辛にしたけど、効果なしね。」

 セツナはため息を吐き、机に突っ伏する。そのとき、入り口に人影が写り、扉が開く音と共に女性の声が耳に入った。

「あら、やっぱり今日もカレー?とか言う独特の香りがるす料理なのね。」

 扉を閉め、この声の主、ヴァルキュリスに仕え、冷静冷徹な判断から繰り出される行動を殺す弾幕を張るマリンブルーの髪の小悪魔、アネモネが空いている席に着く。

「昨日は豚で今日は鶏なのだ。」
「おい!さっき兎って言ってなかったか?」

 セツナの返答にウロボロスが反論するが、華麗にスルーされる。

「あなたに会ってからこれ以外のものを食べた記憶がないのだけれど、第六世界の人間はこれしか食べないの?」
「そうなのだ!!」

 反論せず、セツナは自分達の世界を知らないアネモネに嘘を教える。

「なるほど、だから俺は目覚めてからこれしか食ったことないのか。」
「他のものを食べたことがないあなた達がかわいそうに見えてきたわ。」

 アネモネはため息を吐くと鍋に余っていたカレーを一ひとすくい口に運んだ。

「あ…。」
「それを食べたお主が一番かわいそうだ。」

 二人が各々に言葉を発した瞬間、アネモネは一時硬直する。そして一変し、彼女はそのまま貯水庫に猛ダッシュした。



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 第六世界の名残を残す、廃墟となった裏路地の片隅で、少し修復し、なんとか住居として扱えるようになった一室に数人の男達が集まっていた。

「昼間のマオの演説。この新世界で事実上統べている月の民達が動くのは時間の問題となった。」

 カウボーイハットをかぶり、机に足をかけるように座る男の隣で、全身を鍛え上げられた筋肉の鎧で包んだ体格の大男、アルフレッドが説明を始める。

「第六世界と呼ばれている、つまり我々がいた世界があったころ、マオはすでにこの統合世界を予期し、もしくは引き起こし、この世界を治めようとしている。」
「簡単に言えば世界征服だな。」

 対面の椅子に腰掛ける、腰に二本の刀を従えた侍かぶれの男、武蔵が分かりやすいよう例えた。

「その通りだ。それを阻止するとなれば、生き残った世界の民等に大義が立つ。」
「なるほど、さすがアルフレッドさん。名案ですね。」

 武蔵から2つほど離れた席に座るまだ若い少年、ハンスが会話に参加する。

「ここまではいいが、結局マオを退けたところで世界を統べるのは月の民と呼ばれる種族の長だ。我々"浪漫"はそれの手伝いで終わってしまう。」
「確かに…。師匠、何か師匠からも提案はありませんか?」

 ハンスはアルフレッドの行き詰まりを察し、師匠として慕うカウボーイハットの男、ロジェット・クリストフに提案を求めた。

「簡単なことだ。」

 それに対しロジェットはさらっと言い捨てた。その言葉に3人が反応し、期待の眼差しで回答を待った。

「月がいようがマオが世界征服を目論んでいようが、俺達の目指す先は世界の頂だ。ならば、世界の動きに便乗せずとも動けるときに動き、取れるときに頂を取る。」

 ロジェットは机の上で組んでいた足を組み替え、深くかぶったハットから少し覗く様に3人を見て大言する。

「大義なんぞ要らねぇ!男には浪漫があればそれでいい!!」

 ロジェットは腰のホルダーに携えてある拳銃を引き抜き、遠く窓から微かに見える壊れた信号機を狙う。

「この銃とそれを扱う俺の腕、そしてお前達が要ればこの浪漫は必ず頂を取れるだろう。」

 狙いを定め、確実に当たることを確認し、ロジェットはホルダーに銃をしまう。

「俺より強いやつが現れない限り、可能性は十分にある!」

 言い切ると同時にすばやく銃を引き抜き、その引き抜く動作の中、躊躇いなく引き金を引いく。弾は先ほど狙った軌道通りに放たれ、信号機の黄色を撃ち抜いた―――。



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 妖魔界最大の領地を占めていたヴァルキュリス家の王座にて、その妖魔界最強と謳われる女王、ソワ・ヴァルキュリスは直属の僕であり友人でもあるワースと、自分の盾となった黒騎士と3人で今後の行動についての会議を進めていた。

「皇帝、マオを討つのであればこのまま新世界の頂に立つのはどうでしょうか?」

 黒騎士の進言に、ソワは目を閉じたまま表情一つ変えず返答する。

「そうね、あの子がいたら考えなくもないけれど…。」
「失言でした。」

 どこか哀愁を帯びた返答に、黒騎士は彼女の妹であるヨークの件を察し、進言したことを後悔した。

「アネモネも飛ばされたっきり帰ってこないし、クゥフゥも消息不明。これからどうするのかはっきりさせないと、戦闘を好む下っ端どもは離れていくぞ。」

 あの日以来、特に大きな行動を見せないソワ。それを心配するワースは勢力激減の危機があると彼女に伝える。

「はっきり…か…。」

 ソワはしばし考え、窓から自慢のだだっ広い平原に視線を移す。

「そうね。あなた達には言っておいてもいいかもしれないわ。」

 その言葉に、ワースの目が輝く。

「おお!あたしは何をすればいい?」
「まぁ待ちなさい。順を追って説明するから。」

 急かすワースをなだめ、ソワは語りだす。

「まずはあの日からはじめた領地拡大だけど、同素体地の影響でそのほとんどが消えたわ。まぁこれは予想通りだから気にはしてないけどね。」

 ソワは視線をワースに移し、紅茶を一含みしてから続きを語る。

「領地拡大の最大の意味はアネモネ捜索だったけど、結局見つからず。でもあの子のことだしまだどこかで生きているでしょう。」
「皇帝、ならなぜ帰ってこられないのでしょうか?」

 生きている。ならば帰還するのは必然であるはず。そう思わざる黒騎士の質問にソワは丁寧に答える。

「あの子のことだわ。きっと、どこかの勢力か内部に潜り込んで借りを返す期と勝機を見定めているはず。昔から負けず嫌いでそのための努力を影で惜しまない子だから。」
「アネモネらしいな。」

 ワースも同意し、それを確認した黒騎士は納得せざるを得ない。

「だからこそ、ワース。あなたには逸早くアネモネを見つけてもらいたい。」
「あたしがアネモネを探すのか。」
「そう。そして、あの言葉を伝えたら連絡役としてあなたの部下を残してすぐに帰還しなさい。その後はノンストップで行動に出るわ。」

 久々に活き活きと話すソワを見て、ワースの高揚感が増していく。

「クゥフゥは放っておいてもいいわ。彼は彼なりに決着をつけるだろうと思う。だから、アネモネの件だけを任せるわ」
「では、私は何をすればよろしいでしょうか?」

 ワースに命が下され、今度は黒騎士が自分の仕事を伺う。

「あなたは私の護衛。今から月の城に向かうわ。」
「御意。」

 黒騎士は命を受けすぐに退室し、ソワとワースの二人が残された。

「あの言葉は覚えているでしょうね?」

 二人きりとなり、ソワは自分ととワースとアネモネの3人のみが知りうる、あの言葉を忘れていないかとワースに確認する。

「勿論覚えてるさ。あたしとアネモネにとって、あの言葉がなければ今の関係はなかった。」
「そうね。忘れるはずなかったわね。」

 二人は昔を思い出すかのように、あの言葉を頭の中で浮かべ心で読み上げる。

―――天衣無縫に頂を、叡智の策で手助けを、果敢の闘志でその補佐を。―――

 二人は二つの手をつなぎ、目を閉じたまま続きを読み上げる。

―――我が身我が友果てるまで、未来永劫、この誓いは紡がれる―――


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