革命序章


―――ボクは、あの日のことを忘れない―――


「今日もバイトで遅くなるから、ご飯食べてお風呂に入ったら先に寝てなさいよ。」

―――姉であり、ボクにとって唯一の肉親―――


「お姉ちゃんは学園祭の準備があるから先に行くけど、時間があるからって二度寝したら駄目だからね。」

―――そして、一番の理解者であった姉さんの最後の言葉を―――


「それじゃあ、行ってくるね。」



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 ボクの母親は、ボクを産んですぐに亡くなった。原因は不明。ただ、急に容態が悪くなり、そのまま回復することなく息を引き取ったらしい。それから数日、大手企業の社長だった父は、何者かによって暗殺される。まだ幼かった姉さんは父方の祖母の家に預けられており、ボクはまだ病院。そのおかげで、ボク達姉弟は巻き込まれずにすんだのだ。
 その後、姉さんが学園に通い始めたころ、祖母が天寿を全うしこの世を去った。これまで、父の残してくれた財産のおかげで不自由なく生活をしてこれたが、そのお金も底を尽き、姉さんがバイトを始める。金銭的に困ることも少しはあったが、苦しいながらも二人で家事を分担し今日まで生活を送ってこれた。贅沢な暮らしなどは望まず、ただこれからも今と何変わらぬ日々を過ごせればいい。ただ、それだけが望みだった。

「お会計が783円です。」

 住んでいる町から一つ隣の町のスーパーで夕飯の買い物を済ませ、ボクは家路を急ぐ。ここのスーパーは決まって月初めに野菜のタイムサービスがあり、地元のスーパーより2割ほど安くなるのだ。そのため、月初めは学校帰りにいつも隣町まで買い物に行く。勿論、交通費がもったいないので歩いていくしかない。

「今日は何を作ろうかな。」

 長い長い帰り道。この時間を有効に使うため、いつも今日の献立を考えるようにしている。

「ジャガイモとたまねぎを使ってポテトサラダにしようかな?それともこっちのにんじんとジャガイモで肉じゃがにしてもいいし…。」

 あれこれ色々とメニューを考え、家に着くころには一つに決まる。そして、帰宅早々に料理を始めるのだ。

「そろそろ砂糖を買っておいたほうが良いかな?」

 料理途中に、減ってきた食材や調味料を確認するのも一つの楽しみである。

「こんなものかな。」

 二人分の食事が完成し、その一つにラップをかけて冷蔵庫にしまい、残されたもう一人分の食事を、静かな部屋で一人口に運んでゆく。
 食事が終われば洗濯物を取り込む。そして、暗くなるまでは読書や学校の予習を行い、星が空を彩るころには早々に眠る。必要最低限の生活を送る、ただそれだけの日々。それでも、姉さんがいてくれるだけで、マオはその平坦な日々に幸せを見出していたのだ。



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「こんな夜遅くに一人で散歩かい?」

 アルバイトからの帰宅途中、マオの姉、アリスはふと暗闇から声をかけられる。とっさに危険を感じ、歩くスピードを上げた。

「無用心にもほどがあるなぁ〜。」

 今度は反対の方向から声が聞こえる。

「ヒヒッ、そんなに急いでどこいくの〜?」

 左右、そして後方からも声が発せられている。明らかに囲まれているのが分かった。

「―――っ!!」

 アリスは突如脱兎と走り出す。しかし、一人の男がその行く手をさえぎるように電柱の影から飛び出してきた。

「ヒヒッ、捕まえた。」

 男はアリスの両手首をしっかりと握りしめていた。

「放しなさい!大声出すわよ。」

 自分の手首を掴む目の前の男を睨み付け、振りほどこうと抵抗する。

「そいつはこまるなぁ〜。」
「んむーっ!!」

 ふと後ろから声がしたと思うと、その瞬間に大きな手が自分の口を押さえていた。

「悪いが死んでもらう。恨むなら暗殺を命じたボスと、超能力を持つお前の弟を恨むんだな。」

 死を宣告され、否、自分の弟をこの男達は知っていることに危機を感じ、アリスは恐怖した。弟、マオが何者かに利用される。自分の命の危機よりも、アリスはマオに迫りつつある危機に怒りと悲しみ、そして恐怖を感じずにはいられなかった。

「―――っ!!―――っ!!」

 叫びは大きな手でさえぎられ、とうとう視界も手で覆われる。そして、グサッという生々しい音と共に、肉を切り分け奥へと突き進む極上の痛みを背に受け、アリスは絶命へと導かれた。



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「―――っ!!」

 ただならぬ悪寒、今までにない激痛が脳裏によぎり、睡眠からたたき起こされた。

「今の…感覚は…。」

 わからない。ただ、よぎる負の連鎖から導き出されるヒントは、何かとてつもなく嫌な、言葉では表すことのできない負の事象である。そして、時計が示す最悪の指針を確認し、マオは答えを掴んだ。

「姉さんは…まだ帰ってない!!」

 深夜0時。バイトを午後10時に終わって帰宅するのにかかる時間は遅くても1時間である。冷蔵庫に残されたままの料理、姉の靴が見当たらない玄関。もう答えを確信するしかなく、次の瞬間には家を飛び出していた。

「―――っ!!」

 脳に走るわずかな頭痛。何かがマオを導くかのように負の原点へと近付ける。

「―――っ!!」

 交差点に差し掛かるが、迷うことなく右に曲がった。あたかも、脳を刺激する何かがそれを操作しているかのように、分かれ道のたびに脳が刺激される。

「刺激の感覚が、短くなっていく…。」

 走り出したときの鼓動のように、徐々に刺激のタイミングが早くなっていく。そして、とうとうその場所に到達する―――。


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