一陽騒動

 唯我独尊の崩落と、始まりを告げる物語。

妖魔界3分の1の権力と私有地を誇る、名家ヴァルキュリス。その私有地、ヴァルキュリス平原の片隅で、羊のように巻いた角が特徴の少女が、日向ぼっこをしている。
 彼女の名はヨーク・ヴァルキュリス。名家と詠われるヴァルキュリス家の次女にして、姉に次ぐ権力の持ち主で、催眠や麻痺、混乱といった補助系統の妖術を多彩に発揮するBクラスの妖魔である。

「最近平和すぎるわ。お姉さまも退屈しているようだし。」

 荒れに荒れていた昔を思い出すかのように、ヨークは独り言、ではなく、自分の右手に話しかける。
 すると―――、

「ヴァルキュリス戦線の頃が懐かしいか…。我は今で十分だというのに。」

 と、ヨークの右手、否、彼女の右手と一体化した妖魔、クゥフゥが返答した。
 姿が狼の頭だけの彼は、その昔、妖魔界全土を掌握できるほどの力を持つ妖狼で、その力が妖魔界を滅ばすことになると自ら悟り、力を封印する為に首だけの姿となり、誰かに寄生しなくてはいけなくなった。しかし、これはあくまでも彼本人の自称に過ぎず、ヨークの姉にあたるソワには、元々そういう仕様だと、完全否定されている。

「私達妖魔には定期的な殺し合いが必要なのよ。」
「なにが殺し合いだ。一方的虐殺ではないか?」

 ヨークの意見にクゥフゥが冗談交じりの返答を述べた。

「それは相手が弱すぎるからよ。」
「確かに理にかなった理由であるが…。」

 クゥフゥは一呼吸置き、ヨークの物足りなさを埋める為の、とっておきの情報を述べる。

「そうだな…。微かにだが、ここ数日、我は未だかつてない違和感を感じている。」

 クゥフゥの言葉にヨークが食いつく。

「面白いじゃない。あなたが感じたことのない妖気だなんて。」
「妖気ではない。どこか遠くの世界からの干渉と侵略…。」
「違和感にしてはなかなか明確な意見じゃない?」
「我の嗅覚が嗅ぎつけたのだ。明確であるかはわからぬが、それに近い負の臭いに間違いはない。」

 クゥフゥの情報にワクワクと胸を躍らせるヨークとは対照的に、彼はその違和感にもやもやとした煮え切らなさを感じていた。

「久々に楽しめるかしらね。それはいつ頃来そうなの?」
「近いうちに来るとは思うが、その距離感に違和感を感じて―――っ!!」

 ヨークの問いに答える間もなく、それは突如加速し、クゥフゥの嗅覚をぞっとさせた。

「来るぞ!!麻痺系統の妖術で動きを止めるのだ!!」

 クゥフゥが吠える。彼の変貌を見て、ヨークもただならぬ事態を感知する。

「呪錠領域―カースキー・リージョン―」

 クゥフゥの示す、殺気を放つ方向に、ヨークはトラップを仕掛ける。
 が―――、

「―――っ!!後方から攻撃が来る!!」
「なによ!方向が違うじゃない!!」

 もう防御の罠を仕掛ける暇はない。ヨークはクゥフゥを盾にし、攻撃を待つ。そして、黒い小さな点であったはずの物が、数秒後には大きな焔の塊、まさに太陽のような火球となって向かってきた。

「咆哮―ホウコウ―」

 ヨークの数十倍はあるであろう火球に、クゥフゥが妖気を宿した喉吠えを放つ。強烈な振動が火球を乱し、目前で爆発させた。しかし、その爆風も恐ろしく強く、ヨークの体を地から離し、空へと吹き飛ばす。

「なんなのよこれ!!規格外すぎるじゃない!!」
「瞬間移動か何かか…、我が位置を見誤るなどあり得ん。」

 双方別々のことを考え、各々に驚いていた。そして、各々の結論に至る。

「ヨークよ、一旦引いたほうがよい。」
「冗談じゃないわ。生け捕ればお姉さまに褒めて貰える。」
「そうか。なら、そなたの戦に我の運命を握らせてやろう。遠慮は要らん、奴の五感から潰すぞ!!」
「気が合うじゃない。」

 ヨークはそう言うと、またもやクゥフゥを盾のように構え、妖気を集中させる。

「断聴―ダンチョウ―」

 クゥフゥの遠吠えが辺りに鳴り響く。敵が見えていない以上、一方的に自分の場所を報せるのは不利である。まずは聴力を断ち、自分達の場所を聞き取りにくくする方法を講じたのだ。

「効果はあったようね。近付いてくるわ。」
「さて、次は目か?」
「正解〜。」

 ヨークは、今度はクゥフゥではない左手を前に出し、目標に向かって妖気を飛ばす。

「視幕―アイ・マスク―」

 目標に、限りなく白の閃光を浴びせる。

「捉えたな。」

 クゥフゥは確信を持った。案の定、目標は視力を失ったかのごとく、地に落ちた。

「催眠―スリープ―」

 ヨークは畳み掛けるように妖気を放った。

「後は目標の回収ね。」
「うむ。最後まで気を抜くな。」

 目標が落ちたであろう場所に、ゆっくりと近付く。最後に放った催眠が効いていれば半日は目が覚めない。

「なかなか手強かったけど、案外あっけないわね。」

 そう言い、目標までヨークが辿り着いた。

「気分はどう?なんてね。」

 フフフッと冗談交じりに笑って見せた。

「ええ、とても清々しい気分だわ。」
「えっ?」

 目標物から返答があった。
 
―――それは、とても不気味で、不可解な言葉―――

―――それは、とても幼く、可憐な声色で、戦闘には不向きな少女の言葉―――

―――それは、彼女が最後に耳にした言葉―――

「落陽―ラクヨウ―」

 ヨークの眼前に焔の核が生まれ、徐々に膨らんでゆく。逃げる術も、身を守る術も、それらを行う機も失っていた。後はただ、その塊に飲み込まれ、消え逝く苦痛を待つだけ。
 ヨークの体が焔に飲まれ、溶け削られるように消滅してゆく。その間1秒にも満たない。一瞬にしてヨークを殺した少女、メロウは不適な笑みを見せ、ヴァルキュリス城を目指し、再び加速する。

それは、始まりに過ぎない、革命の為の加速。勢いは時間を、速度は変化を具現し、女王へと加速する。


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