「全くきりがない…。」 とある会話があった日から三日後の妖魔界。遊戯邸周辺の地にて、ユナは一人嘆いていた。そこに、遊戯邸から飛び立った二人が加勢する。 「夢幻郷―ムゲンキョウ―」 離れた位置から、夢魔は周囲に催眠効果のある妖気を放出する。眠らせるためのものではなく、あくまでも判断能力を低下させるのが狙いだ。 さらに、夢魔から少し離れた場所で、メーディスも妖気を集中させる。そして、手の中に紫色の錠剤を生成した。 「ユナ、これを受け取って。」 「あー助かる。」 ユナはそれを受け取ると、直ぐに口に放り込んだ。 「脳内の疲れを感じ取る部分を麻痺させ、さらに緊張感を増幅させることで集中力を失わない薬です。」 軽い説明をし、メーディスは夢魔の近くまで下がった。それを気配で確認したユナは、夢魔の力で抑制された敵に得意の奇襲を仕掛ける。 「魑魅魍魎―チミモウリョウ―」 何人もの敵の視界を80%以上妨げるほどの、無数の鬼の手を召喚し、一気に放った。鬼の手は確実に標的を捉えて行き、捉えた敵は手により異次元へと送られて行くが、中にはその無数の手を避け切る者もいた。しかし―――、 「隠鬼―インキ―」 ルナ捕獲の遊戯のときと同じく、避けた者の足元に鬼の手が召喚される。当然、避けきった安堵と夢魔の判断力低下の効果を受けている敵にこの奇襲を避けきる術はない。そのまま、握りつぶされる。 「はぁ…。後何匹残ってるんだ?」 奇襲は成功し、かなりの数を消し去ったが、辺りにまだまだいることは目で確認できる。 「珍しいなユナ。お前がため息とは。」 「あー、そりゃさっき倒した数の5倍以上と戦っていればさすがに私でも疲れる。」 幸い、メーディスの薬で疲れが軽減されている為か、夢魔の嫌味に対応する元気はまだ残っている。 「しかしこれではきりがない。主人不在でどこまでもつか…。」 さっきの奇襲の所為か、敵も少し警戒を見せているため、一気に攻めてくる様子はない。その僅かに稼げた時間を利用し、夢魔は考え、結論に至った。 「やはり、応援を呼んだほうがよさそうだな。姉さん、エターナルへ行ってくれないか?」 「ドランクが戻るまでは私と夢魔で耐える。あの貧乳に伝えてくれ。」 夢魔の結論に、補足にもならないような後付をし、ユナはメーディスの目に訴えかけた。 「わかりました。ただし―――、」 メーディスは了解し、了解と引き換えの条件を二人に出す。 「―――私が帰って来たとき、二人とも無事でいて下さい。」 ユナと夢魔は無言で頷き、それを確認したメーディスは、帽子に隠れそうな耳をピクピクと動かし、まだ見ぬ敵の気配を察する。そして、気配の少ないルートを選択し、飛び立った。 「ユナ、敵の目を姉さんからこちらに向けさせろ。」 「無論。」 夢魔に言われるまでも無く、ユナは既に新たな手を召喚しようとしていた。 「乱鬼―ランキ―」 十数個以上の手を一瞬で召喚し、敵の目を引き付ける。 「あんた達の相手は私だ。何人来ようが鬼手の私が相手する。」 「悪いがお前たちには悪夢を見てもらう。」 夢魔も妖気を集中し、乱戦に備える。と、そのとき―――、 「飛んでけー。」 「―――っ!!」 夢魔の背後に突如核が生み出され、爆発する。 「夢魔!!」 ユナの呼びかけが全く届かないほど遠くに飛ばされ、夢魔は一瞬にして戦線から消えた。 「ほんとに飛んでっちゃった。」 僅かに残った爆煙に黒い人影が映り、そこからお茶目な声が聞こえてきた。 「天界はさっき崩壊させたし、退屈だからお姉さん遊んでよ。」 僅かな煙がそこから取り除かれ、声の主が露わになる。そして、ユナが目にした声の主は、赤い長髪に黒のワンピース姿の矮躯の少女。ドランクから厄介ごとの話を聞かされたときに出てきた、厄介の主犯である。 「あんたがヴァルキュリスを襲撃したバカか。」 「襲撃は認めるけど、バカかどうかはお姉さんがこれから思い知ること。」 依然とにこやかな表情で、その少女、メロウは話を進める。 「私のクローンじゃお姉さんも飽きてきたでしょ?だから選手交代。」 「クローン?」 メロウの話の中に出てきた聞きなれない言葉に、ユナが反応する。 「あなたがさっきまで戦っていたのは私の複製人種だよ。そうか、クローン技術はこの世界には無かったっけ。」 「クローン技術なんて聞いたことないが…、確かに戦ってきたのは同じ顔だった。」 「聞いたことが無くて当たり前。こっちの世界には存在しない技術だもの。それよりも―――、」 メロウの口調が緊張感を持ち始め、辺りにその緊迫を反映するような乾いた空気が漂う。 「―――そろそろ遊びを始めましょうか。」 彼女の口から開戦の合図が発せられ、ユナは先ほど召喚した鬼の手を一斉にメロウに放った。 「落陽―ラクヨウ―」 メロウの手の中から生み出された巨大な核の爆炎により、十数個もの鬼の手は一瞬で消滅した。 「ははっ、面倒くさい相手に当たってしまったようだ…。」 目の前に立ちはだかる少女の、圧倒的な力を目の当たりにし、ユナは苦笑いを溢す。 「初弾でもう怖気づいたかな?」 「あー、怖気づくというか、戦意喪失だ。」 メロウの挑発に乗るでもなく乗らないでもなくといった返答をし、ユナは距離をとった。一見逃げにも取れる行動だが、自分の力量からして防ぐのは不可能と判断。避けながら攻撃するのがセオリーと認識し、あの巨大な爆炎を避けやすいよう距離をとったのだ。 「かかってこないならこっちから行くね。」 距離を置くユナに対し、メロウはユナに向かって突き進む。そして、核を放つ。 落陽よりも爆発は小さいものの、自分より大きな炎がいくつも迫ってくる。それを巧みに避け、ユナは反撃の隙を待った。しかし、なかなか隙は訪れず、一方的に体力を消耗させられる。 尚も避け続け、体勢は一向に変わらず、相手有利のまま進行する。ユナの我慢も限界に近付いてきたその時―――、 「隙は待つものじゃなく、作るものだといつも言っていただろ。」 ―――聞きなれた、そして、一番聞きたかった声が耳に入った。 「ドランク!」 「待たせたな。」 現れたのはドランクであった。 彼はユナの前に立ち、核爆発による炎の塊を素手で打ち落としてゆく。 「へぇ〜私の太陽を落とせるんだ。」 その光景を見たメロウは一旦攻撃をやめ、手のひらに力を集中させる。それに気付いたドランクは構えを整え、ユナに告げる。 「ここは俺が引き受ける。お前はアルテミスの元へ行け。」 「どーゆー意味だ?」 いきなりの展開に、ユナの脳裏に冷たいものが走る。 「どうやら今回は相当厄介なことらしい。奴に協力してやってくれ。」 「あんたも後から来るんだよな?」 長引きそうな話に終止符を打つかのように、メロウが攻撃を開始する。 「落陽―ラクヨウ―」 迫り来る、核エネルギーそのままの威力を炎に宿した塊。それを避け、二人は敵に向き直る。次弾の準備にかかるメロウ。それを確認し、ドランクは、ユナの問いに返答する。 「その前に、俺は持論を証明しなくちゃいけない。」 「!!」 堂々としているが、どこか寂しさを残す彼の背中を見つめ、ユナは何も言えずにいた。 「ここで足止めをしておかないと、俺の大好きな世界やお前たちに危険が増すんだ。」 固まったユナに振り返り、ドランクはユナの肩に手をポンッと乗せ、別れを告げる。 「お前は生き残れ。」 「―――っ!!」 ドランクは一気に加速し、メロウに向かって突っ込む。 「この距離なら確実に当たるよ。死んじゃえ〜。」 メロウの右手から大きな爆炎が放たれた。避けれる距離ではない。否、ドランクに避ける気など無かった。 炎の塊が自身を捉える直前、ドランクは左の拳を突きたてた。 「この大きさと威力!弾き飛ばせるわけないじゃん。」 「ドランク!!」 ユナの声がかすかに聞こえた。それが、彼の力を150%に引き出す源となる。 「うおおぉぉぉぉ!!」 ドランクの雄叫びと鈍い爆発音が響き、炎の固まりは弾くどころか消滅した。彼の左腕と共に―――。 「そんな!!落陽が消し飛んだ…。」 その光景に目を惹かれ、メロウは彼を見ていなかった。否、左手を失った彼が、まだ向かってきているとは考えもしなかったせいであろう。 「しまっ―――!!」 言葉が全て出る前に、ドランクの右手がメロウの腹部を捉え、地に叩きつける。 場が、一瞬の静寂に包まれた。メロウが叩き落された大地からは大きな砂煙が上がり、左腕を失ったドランクがそれを上空から眺める。敵を見据え、こちらを振り向こうとしない彼の決意。それを察し、ユナはその場から立ち去った。 「これでいい…。」 ユナが去ったことを気配で察し、後悔を繕う言葉が漏れる。だが、そんな暇は二度と訪れることが無くなる。 「あなた結構面白いじゃない。今からもっと楽しませてくれるんだよね?」 先ほどとは違う、殺気を帯びた口調でメロウが言葉を発した。 「邪魔者は完全にいなくなったし、楽しませてもらうね。」 殺気混じりの鋭い目線がドランクを刺し、ドランクも気を引き締めなおした。 遊戯邸上空で、再び巨大な火花が咲き、生死をかけた死闘が再開された―――。 |
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