泳月

 辿り着いたのは見覚えのある場所であった。

「ここは、あの時の…。」

 自分がシンシアに拾われた場所。実際の場所ではないが、クロスロード自体が延々と同じ風景なのだ。100回や1000回足を踏み入れただけでは覚えることは不可能な造りをしている。実際の場所と間違えてもおかしくはない。
 いつの間にか、ルナは歩みだしていた。後ろを振り返ることなく、ただただ前を目指して、ピンクに包まれた体で飛行する。後方の入り口がすごい勢いで遠ざかるくらいのスピードを出し、宇宙を連想させる景色の中を進んでいった。

「おーっと止まってくれ。」

 不意に、自分の上空から声が降ってきた。ルナはその声の通り、その場で飛行を停止する。

「誰?」

 ゆっくりと、その声の主はルナの目の前に降りてくる。

「悪いね、止まってもらって。私はユナって言うんだ。」
「ルナはルナだよ。」
「そうか、ルナって言うのか。」

 ユナは、ルナというのが生物名であり、固有の名ではないことを知りながらもそれを突っ込むことはなかった。そもそも、始めから名を聞くつもりはない。ただ誰といわれたので答え、その返答が返ってきただけなのだ。そのため、言葉は適当に合わせる。興味がある事にのみ忠実で、無いものには適当な性格。彼女のような種族、妖魔と呼ばれる者は誰しもがそうなのだ。人ではなく、生物として認知されるルナもそれに近いところがあるが、根本的なところが違う。おおよそ、生物と人を大別するそれは理性といわれるものであろう。

「手短に用件だけ言うと、その額のものを渡してはくれないか?」

 ユナは右手を差し出し、ルナに催促する。

「たぶんこれ外れないと思うから、絶対に無理だよ?」
「たぶんで絶対か。それは確かに難しそうだな。」

 彼女らしい返答は、ユナには何かの問いかけではと思わせてしまったようだ。

「ヒントをくれないか?」
「ヒント?」

 話がかみ合っていなかった。ルナは突然クイズが始まったと思い、気持ちを高揚させる。

「じゃあ、ルナを楽しませてくれたらヒントをあげるね。」

 愛嬌たっぷりの笑顔で返したが、ユナには気に食わなかったようだ。

「あー、私はそーいう冗談はあまり好きくないんだ。」
「そうなんだ。じゃあどんなヒントがほしいの?」
「そうだな…、私の質問に答えてくれ。」

 なかなか話が進まないことを察し、ユナは単刀直入な意見を述べた。

「その宝石は簡単には外れない?」
「外れないよ。」
「それじゃあ、私のために殺されてくれ。」

 その一言を合図に、ユナは殺気を立たせる。

「お断りだよ。」

 ルナは満面の笑顔で返した。それが、ますますユナを殺気立たせることになる。

「鬼腕―キワン―」

 突如ルナの眼前が歪み、異空間が開く。そこから出現したのは、ルナの2倍はあるであろう、鬼の片腕であった。

「その小さな体で避けられるかな。」

 鬼の手が勢いよくルナに向かってくる。

「おぉ!鬼ごっこかぁ〜!!」

 ルナはピンクサファイアを輝かせ、ひらりと手を交す。そして、大きくユナから距離をとり、叫んだ。

「ルナ、鬼ごっこなら得意だぞ〜。」
「…。」

 挑発ではないのであろうが、癇に障る。その所為か、冷静に動きを察することができなかった。

「なぶり殺しの趣味はないんだが…。」

 ユナは眉間にしわを寄せつつも、あえて気だるそうに言った。そして、一度に複数の鬼の手を召喚する。

「乱鬼―ランキ―」

 ルナを囲むようにして、一度に十数個の異次元が開いた。そこから、先ほどよりも速度を上げた鬼の手が、ルナに向かって放たれる。

「わわっ!!」

 慌てて額の宝石に集中し、一つ一つ避けていく。しかし、パターン化されたその動きに気付かないほど、ユナはバカではない。

「隠鬼―インキ―」

 ユナの詠唱が終わると同時に、ルナの足元に巨大な鬼の手が現れた。

「えっ?」
「はい、おしまい。」

 ユナの声が聞こえたそのすぐ後、ルナの足元の開いた手が彼女を握りつぶす。

「ルナ一匹にこれだけの妖術を使うとは…。まあいいか。」

 不甲斐無く思いつつも、目的は達成できた。それだけを確認し、一瞬で全ての手をしまい込む。

「…!?」

 しかし、巨大な鬼の手が消えたその中に、ルナはいなかった。

「ルナの速度じゃ避けきれないはずだが…。」

 不思議を抱きつつ、ユナは辺りを伺う。しかし、何の気配もなく、その場に存在するのは自分だけであった。

「鬼手の異名はなかなかのものですね。」

 突然、背後から声をかけられ、ユナは目だけで後を確認する。そこには、先ほどまで存在しなかった気配がゆっくりと形を作り始めていた。

「妖魔界の新鋭がこんな遠くに何の用でしょう?」

 声の主、その正体はアルテミスであった。ルナをお姫様抱っこの形で抱き、笑顔でユナを見つめる。陰力で姿気配を消し、ルナを救出していたのだ。

「主人のお使いに来ただけなんだが。」
「伯爵のお使いでしたか。今度は何を研究しているのやら。」

 アルテミスの返答に、ユナは嫉妬心からの苛立ちを覚える。

「ずいぶんと主人のことを知っているみたいだな。あんた誰だ?」

 怒りのこもった口調。そこからユナの気持ちを理解し、アルテミスは返答する。

「アルテミス、といいます。伯爵とは敵対関係ですので心配無用です。」
「そーなのか。」

 不機嫌そうにユナは理解を述べる。アルテミスの配慮に気付き、余計に不愉快な気分になったのだ。自分のドランクへの気持ちを知られ、さらに嫉妬までも見破られ、おまけにフォローを入れられる。何もかもを見透かされた気分。これ以上の屈辱はない。その気持ちを何億倍にも拡大して、増幅させ、戦慄の詠いだしを述べる。

「そー言うの、殺すだけじゃ物足りないくらい、好きくないんだ…。」

 ルナを襲撃していたときよりも、遙かに強大な殺気を放つ。

「魑魅魍魎―チミモウリョウ―」

 乱鬼とは比べ物にならないほどの数、妖気、殺気を帯びた鬼の手が完全にアルテミスを包囲する。

「これはこれは、夥しいに相応しい数ですね。」

 鬼手の中央で笑顔を絶やさず、アルテミスは感想を述べる。その行為に、ユナはさらに怒りを増幅させる。

「殺すっ――!!」

 ユナの言葉を合図に、鬼の手がアルテミスを潰しにかかった。

「残念。」

 しかし、アルテミスはいとも簡単にそれら全ての、鬼の手の動きを完封する。

「反鏡陰―リバース―」

 そして、アルテミスは得意の陰力を放った。

「なっ!!」

 一瞬にして鬼の手が粉砕し、その粉砕した強大な鬼の手の、妖気の破片がユナを襲った。破片とはいえ、ユナの持ちうる最大の妖気を使って召喚されたものである。怒りから召喚した所為もあり、防御に当てる妖気は殆ど残ってなどいない。残りうる微々たる妖気と、自身の体で受けるしかなかった。当然、避けられるほどの速度ではない。
 妖気がユナを飲み込み、大きな爆発音を響かせた―――。



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 意識が、まだある。
 それに気付き、体を起こそうとする。しかし、あまりの大きな負傷により、自分の力では到底起き上がることなど不可能だった。だが…。

「もう起き上がりますか?」

 その言葉が終わると同時に、背中をそっと押され、起こされる。

「もうすぐ妖魔界ですから、無理せずお休みください。」

 声の主は、確認するまでもなくアルテミスだった。

「おぉ!!目覚めたかぁ〜。」

 自分を抱えながら飛ぶアルテミスの背から、ちょこんと顔を出したルナが声をかけてきた。

「私を助けるのか?」
「はい。何か不都合でもおありですか?」

 その、不可思議なこいつの質問。不意を付き、先ほどの喧騒を微塵とも感じさせないこいつの気配り。こいつの存在こそ不可思議で、不可思議で――。
つまり――、こいつは相当なお人好しである。そうユナは思った。
 だから、返す言葉は――。

「いや、問題ない。」

 これだけで十分だった。
 聞くまでも無く、こちらの心配していると思われること、つまり、主人に報告したかどうかということに関して、こいつのことであろう、すでに何かしらの配慮がされているに違いない。知り合って間もないはずなだが、前から知っていたようなくらいこいつの考えていそうなことがわかった。
だが、今のユナにしてみれば、そんな些細なことくらいでしかなかった。否、些細なことくらいに変わったのだろ。
 そう――、こいつの、そういうところは――、

「好きく無くないな…。」
「何か言いましたか?」

 言葉にしてしまったときから、こう返ってくるとは読んでいた。だから、もちろん返す言葉も用意してある。

「ああ、秘密だ。」
「そうですか。」

 こいつらしい返答が返ってきた。

「そーなんだ。」
「そうですか。」
「あぁ――…。」

 妖魔界に着いてすぐ、ユナと分かれ、ルナとアルテミスは帰路を急いだ。


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