庭宴

 アルテミスはシンシアに同行し、本棚に囲まれた城の一室で客人リストの整理をしていた。

「エデンの招待客3人は全員政治関係者ばかりですね。」

 アルテミスがリストを読み上げ、それを聞いたシンシアが宴会席の配置を考え、別紙にまとめていく。

「じゃあ正面向かって左のC6席に決定。」
「こちらの幹部4人はどうしましょうか?」
「ん〜。エデンとは面識なさそうだし、この際C7席で隣にしようかしら。」
「たしかに、交流があるほうが外交で役立つかもしれないですね。」

 シンシアの的確でスピーディーな配置に、アルテミスは毎度の事ながら感心する。人望もあり、頭脳明晰の両刀。彼女以外にこの月を治めることは不可能であろう。などと思いつつ、アルテミスはさらにリストを読み上げていった。
 そして、最後の客人を読み上げる直前、ふと窓から街を見下ろすと、よく見慣れた生き物を発見する。

「シンシア様、ルナが外に出ていますが…。」

 シンシアも窓から街を見下ろす。

「ほんとにあの仔だわ。いったいどうしたのかしら?」

(きっと遊んでもらえなくて寂しかったのでしょうね。)

 とは言えるはずもなく、無難に首をかしげて見せた。もし、言ってしまっていたらこの宴会が中止になっていたかもしれない。それくらいシンシアにとってルナは特別な存在なのだ。その特別な存在が寂しがるまで放置してしまった。彼女ならそう思い、宴会を中止してでもルナとの戯れを優先するであろう。
 そんなことを考えていた矢先、シンシアがふと思いつく。

「後は私がしておくから、アルテミス、あなたルナについていきなさい。」

 唐突な命令が下され、アルテミスは心の奥深くでそれよりも一層深いため息をつく。しかし、表情には出さず、これに対しての返答も最初から決まっているのだ。

「かしこまりました。」

 右手を胸の中心に当て、会釈し、アルテミスは窓から飛び降りた。

(私でなくてもルナの相手はできるでしょうに…。)

 と、アルテミスは心の奥深く真っ暗闇の中でつぶやく。決して彼女の前では言えるはずのない禁句をしまいこみ、アルテミスはルナを追った―――。



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 ずいぶんと久々な外出は、ルナにとって幸運なことであった。

「おぉ!!」

 通りかかった細工屋におどろき、衣服屋で流行を知り、展望台から見える街の風景は昔と変わっている。ルナにとって、それは新しい発見に等しく思えた。変化がつまらなさを凌駕してくれる。変化と新しい発見は、どうやら新たに好物としてルナの心に記録されたようだ。
 尚も、展望台の屋根にちょこんと座ったまま、ルナは遠くの景色を堪能する。優しくも強くも無く、ただ吹き抜けて行くだけの無機質な風を浴びながら、山、森、湖などを目に焼き付けていった。

「あれは何だろう?」

 今度は、展望台から見つめる先に、空に浮かぶ黒い塊を見つけた。自然にできたものとは明らかに違って見える。一見大雑把な造りのようで、はたまた入り組んだ構造のようで、何かとっておきの面白いものを内に秘めているようだ。見る限り、そんなに遠い場所ではない。

「行ってみようかな。」

 思い立つと、ルナはすぐさま駆け出す。



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 上空を見上げる。

「おぉ〜!!」

 到着したのは見晴らしの良い、否、辺りに何も存在しない殺風景な場所だった。その上空に浮かぶ黒い塊。

「意外と大きかったんだなぁ〜。」

 感慨深い感想ではなく、ただ単に見たのそのままの感想を述べる。彼女らしいといえば彼女らしい感想だ。ただ、シンシアはもう少し風情というものを持ってもらいたいらしいが…。

「丸くて黒くて…、何なんだろうなぁ〜。」

 本人は全く気になどしていない。
 そうこう考えているうちに、ルナはやはり彼女らしい行動に出る。

「よし、行ってみるかぁ。」

 額のピンクサファイアに力を集中させる。すると、宝石は自ら光を放ち、ルナの身体を光で包み込んだ。そして、ゆっくりとその体が宙に浮き、徐々に上昇して行く。



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 陰力により、自身を消していたアルテミスは同じく黒い塊、クロスロードの入り口に向かって飛翔する。

「いったい彼女はどこに行くのでしょう?」

 すぐに捕まえることもできるのだが、今回は彼女を遠くから見守ると決め込んでいた。何故そう思ったか、と聞かれると、普段からシンシアの相手ばかりでは外の世界を知らぬまま一生を終えるのではないか、という心配もあったからだ。今回は自分から進んで城を飛び出した訳であり、即ち彼女が外を知りたいと思ったことと自分が外を見せてやりたいということの双方が同じ目的である。この期を逃す必要性はどこにもない。

「しかし、シンシア様にばれたら一度殺されてしまうかもしれないですね。」

 等と呟きながらアルテミスは、ルナが黒の中に進入したことを確認し、自分も後に続く。


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