月庭宴

 月世界で起きた、小さな小さな大冒険と事件。

 純白の壁に真紅の屋根、群青の窓、緑黄の庭園。月世界の誇る王宮、永久の宮殿。薄暗く、電灯で明かりを保つこの月世界で、圧倒的な存在感を示している城。その中で、大きな行事の準備が行われていた。
 100年に一度、城の庭園で行われる宴会、泳月庭宴。金の長髪を風に躍らせる月世界の女王、シンシアを含め、城内はその準備で忙しかった。側近である月世界の騎士、アルテミスも、側近であるにもかかわらず、普段はふらふらと異世界に出かけている時間帯であるが、開催の10日前にもなると、やはり手伝わざるを得ない。一つに束ねられた青い長髪を振り回しながら、忙しく動き回っている。
 そんな忙しくも騒がしい王宮で一人、否、一匹静かにその様子を伺う。

「たいくつだなぁ〜。」

 小さな体の小さな口で大きくあくびをし、シンシアの寝室から庭を伺う、月にしか存在しないという、見た目が兎のような生物―――ルナ。額のピンクサファイアを煌かせ、彼女は主人の帰りを待っている。
 彼女がシンシアに拾われたのは10年前、天使の世界、天界からの帰り道にあたるクロスロードの片隅で仲間とはぐれたときである。月人の使う力、陰力で動きを封じられ、無理やりシンシアに連れてこられたのだ。彼女は今でもそのことを覚えている―――。


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 四方八方同じ景色の中、シンシアは逃げる素振りを見せたルナを停止させ、幼い少女のような笑顔でアルテミスに伺うように問う。

「ねぇアルテミス。この仔連れて帰っていいかな?」

 月世界最高権限者である少女が連れて帰ると言えば、それはすでに確定した命令に他ならない。それを理解しつつも、一応のやり取りとしてアルテミスは答える。

「シンシア様がご自分で面倒を見られるのでしたら問題ないでしょう。」

 その言葉にシンシアは喜び、彼女を思い切り抱きしめる。ぎゅっと全身を拘束され息苦しくなるが、動きを封じられている為暴れることすらできなかった。

「シンシア様、そんなにきつく抱きしめては…。」

 とっさのアルテミスの助言も虚しく、シンシアが腕を緩めた頃には、彼女はすでに気を失っていた。そして、彼女が目を覚ました頃には、今の寝室にいたのだ。


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 ―――今尚トラウマとして残る記憶である。
 ただ、最初は恐怖心でいっぱいだった。楽しいことがなくなるんじゃないか、面白い事が減るんじゃないか、食べものが食べれないんじゃないか。好奇心の赴くままに行動し、生死よりも楽しみを優先する生物だけあり、これからどんなつまらない未来が待ち受けているのか、不安で仕方がなかった。
 何日―――何ヶ月―――何年過ぎた頃からだろうか、日を重ねるごとに今の生活が楽しく思えてきた。それも、シンシアの面倒見がいいからである。毎日が新しくて、新鮮で、楽しかった。
 しかし、ここ最近、100年に一度の宴会とやらの所為で全く相手をしてもらえず、退屈な時間が長くなった。
 そう、あの時と同じように―――。


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 仲間たちと過ごす日々。それはとても日常的過ぎた。
 目が覚めて巣を出ると、すぐに食糧の収集に森へと入り、そこで木の実を調達し、巣穴へと持ち帰る。天敵である肉食生物に捕まらぬよう注意し、なにより額の宝石狙いで来る妖魔に見つからぬよう注意して繰り返すのだ。そして、暗くなる前に活動をやめ、集めた食糧を消費しながら適当に休息する。これを永遠と繰り返すだけ。とてつもなくつまらない。


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 ―――ルナは昔の記憶から我に返った。

「あの時とおんなじ…、また退屈が続くのかなぁ…。」

 ルナはそれが心配だった。
 原因の根本はわからないが、自分は何故か極端に退屈嫌う。だからある日の夜、こっそり巣穴を抜け出し、仲間たちとクロスロードを渡ろうとした。しかし、仲間たちは遠出に退屈したのだろう。その結果、仲間たちはいつの間にか来た路を戻り、自分だけが取り残された。そして、シンシアに拾われることとなる。

「いつになったら、また遊んでくれるのかなぁ…。」

 不満ばかりが募っていく。徐々にそれが大きくなり、思考はそれの対処に負われていった。そして、ルナはふと思った。

「また、外の世界で、新しい面白いことを見つければいいんだ!」

 今度は、シンシアに教えてもらった天界、エデンにでも行ってみよう。もしエデンじゃなくてもどこかにはつくはずだ。ルナはそう思い、そう決断する。
 そして、決断後の行動は速かった。


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