妖魔遊戯

 天界から出てすぐ、紫色に包まれた空間、カオスゲート。その中を飛行する白い人の影。
 白く、透き通るような純白の翼を羽ばたかせ、銀髪の男が彼方から感じる人の気配を察知する。

「数は…四人ほどか。」

 天使と呼ばれる天界に住む男だけの種族。特徴となる背中の翼はその者の個性を表し、色、形、大きさなどが各々に違う。翼と力量はほぼ比例し、強力な力、堅実な性格、聡明な知識を持ち合わせた上位十七人の天使を十七天使と呼ぶ。彼らには特別的な権限が与えられ、その対価として天界の守護を責務とされている。彼ことジャスティスもそのうちの一人で、十七天使第五位に君臨する。

「この妖気と陰力の大きさからして、内二人はあいつらだな。」

 何度も見てきた、否、感じ取ってきた気を確認し、心の奥底でまたかと呆れのため息を吐く。

「残り二人の内一人…。どこか懐かしい、久しい妖気だ。」

 ジャスティスは人物の断定はできなかったが、その妖気が決して嫌なものではないと確信をする。その確信をそっと胸にしまい、気を引き締めなおし、気配の元へと飛行する―――。



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「またお前たちか。」

 四人の元について早々、ジャスティスは呆れを込めた一言を発した。その声に、意外な人物が逸早く反応する。

「ジャスティス様?」

 細く、きれいな、どこか聞き覚えのある懐かしい声と、懐かしい妖気の正体に、ジャスティスは驚く。

「メーディス殿!」

 二人の視線が重なり、その中心から暖かいオーラが放出された。時が止まったかのように見つめ合う二人を残し、三人はそそくさとその場から離脱する。正に二人だけの空間と化したその領域。そこに侵入することはおろか、触れることは皆無である。そのため、元からいたとしても今の二人に気付く余地はない。

「お久しぶりですね、メーディス殿。」

 本来の彼らしくない、そこはかとなく照れた様子のジャスティス。

「はい、お久しぶりです、ジャスティス様。」

 対するメーディスは、ほとんどいつもと変わらない態度で受け応える。

「何か変わったことはないですか?」
「私のほうは特に。ジャスティス様はどうですか?」
「わ、私のほうも特に…。」
「お変わりなく何よりですわ。」

 頬を染め恥ずかしそうなジャスティスと落ち着いた穏やかな笑顔のメーディスのやり取りは続く。

「そうですわ。これをジャスティス様に。」

 メーディスはふと思い出し、あるものを取り出した。

「これは?」

 そっと渡された小瓶。その何は緑色の砂?のようなものが入っている。

「新しい麻痺性の植物を使った鎮静剤です。痛みを抑えたり精神を安定させる効果があります。」

 小瓶を受け取り、ジャスティスはふと数年前に交した手紙の内容を思い出す。それと同時に、メーディスが懐かしそうにその内容を読み上げた。

「以前、ヴァルキュリス戦線で酷いお怪我をされたと伺いましたので、毒しか扱えない私でも何かできないかと思いまして。」

 毒しか扱えない。彼女の能力である植物毒は致死には至らないが、麻痺、眠気、発熱などにおいては優れた才能がある。その反対に、治癒系統は全くもって不得手と手紙に書いてあった。しかし、わざわざ自分のために不得手な治癒に挑戦してくれた彼女。それだけでジャスティスは心の底から嬉しく思えた。

「ありがとう。」

 そう言い、彼女の手のひらに、信愛の証である手のひらのほうに口付けをする。その行為に、メーディスは満面の笑みで応えた。そして、その手は彼の頬を触れる。

「でしたら…。」

 言葉の続きが発せられる前に、ジャスティスの唇にメーディスの唇が重なる。それが何秒続いたのかはわからない。たぶん一瞬であったであろうが、彼にはとても長く感じられた。

「これくらいはしていただいてもよろしいのでは?」
「あなたにはかないません。」

 純真無垢な容姿のメーディス。その内に潜む少し小悪魔な一面を、彼は今日はじめて知った。そして、手紙でやり取りをしていたときよりも、遙かに大きな感情が生まれるのを感じ取る。
 その後も、二人のやり取りは2時間ほど続いた―――。



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 遊戯邸に帰還したユナ。彼女はドランクを見つけると、今回の一件について問い質した。

「つまり、こーゆーことだったんだな?」
「さて、どうだろうな。」

 ドランクは笑顔のままとぼけて見せた。

「まったく、せめて私と夢魔には話しておいてくれても良かったはずだ。」
「まぁいいじゃないか。それよりも早々に支度をするぞ。」
「何の支度だ?」

 急に発せられた彼の言葉。ユナは、後に解るその意味を理解できないまま問い返す。

「厄介ごとだ。」
「…。」

 遠くで、カラスの群れが羽ばたく。そんな不吉な気配を帯びた何かが、妖魔界を浸食しようとする生ぬるい風が、遊戯邸を吹きぬけた―――。

〜Fin〜


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