黒と赤の世界。 炎と焦げた生命。 数多くの犠牲を払い、妖魔界と天界の命運を分けた戦争。 その名を、ヴァルキュリス災戦という。 その頃の自分と、自分の中の客観的な思念を織り交ぜた夢を、私は見ているのだと彼女は理解した。 天界攻略を掲げ、彼は天界直通のカオスゲートを目指していた。しかし、そこはヴァルキュリス家の所有する平原、ヴァルキュリス平原の一角にある。すなわち、平原を通らざるを得ない。 アヴェルツィア率いる黒の軍勢は、省みず平原に侵入。領主ソワ・ヴァルキュリスはこれを許さず、紅い軍勢で制裁を加える。 これにより、黒と紅の戦争が開戦する。 開戦の報告を受け、天界は動き出す。 第三位のユーティスと、第五位のジャスティスを含む、三人の十七天使とその部下を出動させた。これにより、黒と紅と白の戦争が幕を開ける。 アヴェルツィアは天界との対戦を喜び、その喜びのために私有地を荒らされるソワは怒り、妖魔界監査を担う天界は焦る。 実質戦う意味を有していないヴァルキュリス家だったが、ソワの妹にして第二位の権力を持つヨークは戦争に興味を示し、直属の部下であるワースとアネモネも、面白そうと言う事で参戦理由が立った。 ユーティスはジャスティスと共に最前線に進行。三人目の天使、第八位のペガサスは後方からの援護を担当する。 戦乱の激化により、多くの命が犠牲となった。その最たる元凶は、ソワの妹であるヨークの存在である。彼女の右手に憑依する妖狼、クゥフゥの力を借り、アヴェルツィアの兵士たちや天界の兵士を見境無く殺していった。ソワと戦闘本能にのみ忠実な彼女。ヴァルキュリス災戦の名に深く貢献していることは言うまでもない。 亡き母と父が養子として迎え入れた血の繋がらない姉妹たち。故に姉妹意識はない。だが、ソワよりも強靭だった父と母が迎え入れるだけの実力をその身に宿し、ソワの友人として皇帝たる彼女を支える側近。ヨークよりも戦闘力はあり、ヨークの戦闘訓練にも進んで加担してくれている。 戦線では常に中堅を担い、二人で行動することが多い。ワースが初弾で聴覚や視覚を奪い、混乱するうちにアネモネが逃げ場をなくす爆炎の花を咲かせる。そこを、再びワースが弾幕を打ち込み、仕留める。この戦法が基本で、このヴァルキュリス戦線で絶大な効果を発揮している。 自ら前線に身を構えるユーティスとジャスティス。アヴェルツィア軍の侵攻を微塵も許さない。ジャスティスは進んで敵を蹴散らし、ユーティスは冷静にジャスティスをサポートする。そのバランスが、体力消耗により崩れる。 集中力の乱れにより、ジャスティスは負傷する。ユーティスは直ぐにペガサスに援護を要請し、ジャスティスを安全な場所まで退避させた。その間も、防御に長けるペガサスの守りにより、侵攻は許さない。バランスと統率の取れた戦法により、侵攻の防衛は続く。 この戦争最大の対決。赤と黒の一騎打ちである。傷一つない黒い鎧の姿のアヴェルツィアを前に、ソワは一歩も引かず、そして、S級妖魔の凄まじい戦闘が繰り広げられる。援護に加わろうと向かってくる黒の兵士たち。それをワースたちが阻止するまでも無く、ソワの間合いに入った瞬間に兵士たちは塵と化す。 長引く戦闘。しかし、それはあくまでも演出に過ぎなかった―――。 元々、一騎打ちになった時点で勝敗は決していたのだ。威力、攻撃速度、瞬発力、知力、移動速度において、アヴェルツィアよりも遙かにソワの方が勝っている。唯一、防御力だけがソワよりも勝っていたため、長引く結果になっただけのことなのだ。 敗北の先にあるものは、揺るぎない死。アヴェルツィアは片膝を地につけ、最期の時を悟る。今や、周囲に 黒の軍勢は無く、天使が数人とヴァルキュリス家の面々だけがその場にいる。 赤と黒、ヴァルキュリスとアヴェルツィアの決着がつき、白、天使たちは撤退してゆく。ジャスティスを含む負傷者は既に撤退しており、ユーティスやペガサスを含む、数人は決着のときを見届けていたのだ。 ユーティスはアヴェルツィアの身柄引き渡しを申し出たが、ソワはこれを拒んだ。勝者における権限はソワにあるとし、ユーティスは何のためらいも無く承諾する。プライドが高く、戦争の鎮圧を正義とする彼らの中には、この結果を不服に思う者もいた。しかし、天界順位法に基づき、この場の最高順位者であるユーティスの命令には従うしかない。多くの者が渋々といった様子で、天使たちは撤退して行った。 ヴァルキュリスの城に連行されたアヴェルツィアに、ソワはチャンスを与えた。 「弱い者を殺したところで私には何のメリットもない。ならば、お前に自身の進退を選ばせてやろう。」 アヴェルツィアはそれに対し、迷うことなく答える。 「ここで息の根を止めておかぬと、後に後悔することになるだろう。」 その返答に対し、ソワは高飛車に笑い、王座から弱者を見る目で現実を伝える。 「お前が一生を費やしたところで、私に並ぶことすらないだろう。」 これは事実だと、言い聞かされる屈辱。だが、アヴェルツィアは無言で受け止める。 「ただ、お前が私を殺すために、一生を費やせるのであれば、お前の姓である、デュナミスの欠片をくれてやろう。」 「可能性だと?」 ソワからの提案。理解しがたい状況に、アヴェルツィアは問う。 「そう。お前が私を殺すことに一生を賭けれるのであれば、その意志を買ってやろうという条件だ。条件を呑むも拒むもお前次第だがな。」 ソワはそう言い、王座から立ち上がると城の窓から外を眺めた。 「私の両親とは敵対関係ではなかったそうだ。どちらかといえば、デュナミス家は、父のヴァルキュリス家、母のファウスト家と共に、敵対していたハースト家やメビウス家を滅ぼした戦友と聞いている。デュナミスの最期をヴァルキュリスの手でなど、父も母も望んでなどいないはず…。」 その独り言のような、どこか寂しげな言葉に、アヴェルツィアは心を動かされる。 「ならば、我が父、ローレイ・デュナミスも、ヴァルキュリスとの敵対は望んではいないはず。」 アヴェルツィアは一呼吸置き、ソワの条件を少し変え、提案する。 「先ほどの条件、汝の身を守護することに一生を賭けることで、可能性を残してはくれまいだろうか?」 その提案に、ソワは微笑を浮かべて返答する。 「まあいいわ。ただ、私を殺そうとするのであればそれなりの警戒心を持って接することができるけど、守護になれば私はお前に対して警戒を緩めることになる。それに対する信頼性?というか、お前の言葉の信憑性は何で計ればいい?簡単に言えば、証明できるもの。もしくは保険ってところね。」 ソワにしてみれば当然の要求である。先ほどまで敵対していた相手をすんなり許すことなど、危険以外に他ならない。アヴェルツィアは決意を込め、信用を得る為の対価を伝える。 「私の名、アヴェルツィア・デュナミスの名をあなた様に捧げます。そして、あなた様から名を頂けるよう、一生を賭け守護いたします。」 「名も無き、鎧の黒騎士。いいわ、私の傘下に加えてあげる。」 ソワは彼の姿勢に満足し、承諾する。 「誓いは交された。この身は名と共にあなた様に捧げたもの。あなた様の盾となり鎧となり、必ずお守りいたします。」 アヴェルツィアこと、今は名のない黒騎士は、宣誓を立てた。 ヴァルキュリス災戦終結と共に、ヴァルキュリス家は、新たに大きな力を手に入れた―――。 |
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