Bloody Blue

#4「On the way to Journy #2」





 ずっと頭に引っ掛かっていることがあった。
 レイヴンは闇色のマントを風に靡かせながら、ジークアレストの南にある今では国境線となっている谷――“セパレートヴァレー”へとゆっくりと歩みを進めている。時折広げる仕事の依頼書の絵を見る度に、チクチクと頭が痛むのは気のせいなどではなかった。

 この娘……会った事があるのか――“ルーシェ”と書かれた似顔絵を見つめながら、レイヴンはふと思う。隣国の人間同士だから会った事がないのは明白だったが、このデジャヴはどうにも気のせいでは済まされないと感じていた。
 この仕事に私情を挟む事は許されない。国家からの命令は絶対であり、ましてや暗殺を主とする闇稼業――失敗は、全てを無に帰す事となる。自分一人であればそれでも構わないが、普通の生活も楽しんでいるイネスやアイナ達を巻き込むわけにはいかない以上、失敗するわけにはいかない。もっとも、これまでに成功が危うかった仕事など、彼にとって一つもなかった。

 仕事の依頼主はいつも同じで、この国の大臣であるヴェルディスという男だ。彼自身実際に会ったことはないのだが、イネス曰く「どうしようもないエロ親父」らしい。そんな男がよくも大臣になれたなどと思うだろうが、上に這い上がる人間というのは少なからず狡賢く、姑息な手段を使うことを躊躇しないタイプの人間だ。だからこそ、今回のような仕事も自分の足が付かないよう、“Bloody Blue”に依頼したのだろう。

 依頼内容――隣国の暗殺集団“ヴァル一味”の殲滅。
 依頼書には丁寧に一人一人の名前、似顔絵、アジトの位置が記載されているが、この依頼書自体に裏がありそうだとレイヴンは感じていた。まず、どうやってこれほどまでに詳細に隣国の同業者を調べ上げる事が出来たのだろうか。そして彼自身の検問を通るための通行証が何故“国家特別待遇者”なのだろうか。前日に発った“彼”は偽名を使った正式な通行証だったのにも関らず、だ。この通行証を持っているからと言って、特別変わるものなどない。ただ単に、二枚も偽名を使った通行証を作る時間はなかったのだろうか。そうだとすれば“彼”の分と同時に届かなかったことに疑問が残る。

 ……これ以上の詮索は不要か。どちらにせよ、自らの仕事に支障のある事ではない――彼は依頼書を元通りに折り畳み、腰に提げたホルスターの横のポーチの中へとやや乱暴に突っ込んだ。ホルスターの中に眠る銃は、「まだかまだか」と引き金を押されるその瞬間を待ち続けている。



×××



「通してもらうぞ」
「――待て! 何だその通行証は」

 武装した門番が手に持った槍でレイヴンの行き先を塞ぎ、どうやら寝不足らしく、真っ赤に腫らせた目で彼を睨み付ける。彼はヴェルディスから受け取った通行証を見せながら通過しようしたところだが、そう簡単にはいかなさそうだ。弁解や説明が苦手なレイヴンは煩わしそうに小さくチッと舌打ちし、溜息を吐く。
 レイヴンは手に持っていた通行証をスッと門番の眼前に突き付ける。不思議そうな目でそれを見つめる門番だったが、やがて声を荒げて叫ぶ。

「小賢しい真似をしおって! 正式な通行証がなければここを通すことはできん!!」
「大臣のヴェルディスから直接受け取ったものなのだがな」
「そんな連絡は来ていない! それに、その偽物は確かにヴェルディス氏のサインがあるが、この国の刻印が入っていないではないか!」

 確かに門番の言う通りだった。通行証などほとんど見た事がないレイヴンはこの書式が正しいものだとばかり思っていたが、どうやら通常はもっと別の書式らしい。
 門番の見解は確かに正しい。刻印もなしにサインだけで通ることができるのであれば、誰でも偽造できるというものだ。偽造通行証を作ってまで隣国に行く者などそうはいないだろうが。
 別にホルスターから銃を抜き、門番を脅すか殺すかしても良かったが、さすがに騒ぎを起こすと後々面倒な事になるのでレイヴンはここで引き下がり、どうしたものかと溜息を吐く。

 ヴェルディスの阿呆が。俺にどうしろと言うんだ――検問所を遠くから見ながら、彼は考える。先程の門番は今もレイヴンを睨み付けていたが、やがて大きく欠伸をした後に目に浮かんだ涙を手の甲で擂り潰していた。
 依頼主の不備ならば依頼は未遂でも仕方がないだろうが、わざわざここまで足を運んで引き返すのはどうにも気が引けた。意気揚々と――という訳ではなかったが、街の出口まで見送りに来たイネスやアイナに顔が合わせにくい。何気なく辺りを見回していた、その時だ。

 一つの立て札があった。そしてその隣に、谷底へと続いていると思われる横道が目に映った。

 『キケン。ココヲ通ルベカラズ』

 理由は察することが出来た。恐らく、凶暴な魔物達が多く棲息しているのだろう。特殊な環境で育った魔物というのは、また特殊な能力や個性を持っていることが多く、その全てに対応できる手段を今のレイヴンには持ち合わせていない。彼の武器は、腰に提げた一丁の銃だけなのだ。近距離戦や長期戦になると圧倒的に不利な立場になる。

 だがしかし、それも一興か――レイヴンは門番の制止する叫び声など聞こえないフリし、そのままその道を一気に駆け下りた。

 徐々に強くなっていく血臭に気付いたのは、もう少し後の事だった。





to be next...


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